オートバイ小説

2009年9月16日 (水)

風と陽光(ひかり)のエリア~最終回~

最終回

ショーウィンドウが青い空を映している。
ショップのシャッターがゆっくり上がり、若いメカニックが顔を出す。

「あの・・・」
声をかけた私に少し驚きながら、
「あ、ちょっと待っててください。」
若いメカニックは奥に消え、しばらくすると、親父さんと社長が顔を出した。
「やけに早いな・・・」
「えぇ、少しでも早く受け取りたくて・・・」
親父さんの前だといつまで経っても10代のままだ。
「20年分、とりかえさんとな。準備は出来てる。とっとと持ってけ・・・」
「すいません」
深々と頭を下げる私の肩に優しく手を置き、
「いいか、うまいオートバイ乗りってやつは、
 帰るべき時に、帰るべき場所に帰ってくるやつだ。
 二度と間違ったところに帰るんじゃないぞ」

息子は、隣で笑いを堪えている。
いつも説教をしている私が、説教されているのがおかしいのだろう。

オートバイを受け取り、エンジンに火を入れる。
20年ぶりに跨った相棒は小さく身震いしながら
心地よい音をマフラーから響かせている。

クラッチを慎重につなぎ、車の流れに滑り込んだ。
近くのスタンドで給油をし終えた息子が空を見上げ
「いい天気だな」とつぶやいた。

「少し付き合うか・・・?」

一時間後、私たちは海沿いの国道を走っていた。
コーナーをひとつクリアするごとに
体の奥に押し込んでいた感覚が目を覚ましだす。

目がラインを捉え、頭が考える前に、
右手がアクセル、左手がクラッチ、右足がブレーキ、左足がチェンジペダル
それぞれが考え、動き、ラインをトレースする。

息子が私を抜いて前に出た。
ぎこちないながらもコーナーを一つ一つ丁寧にクリアしていく。

いくつ目かのブラインドコーナーの向こうに息子が消えた。
コーナーに入った時、リアをスライドさせた息子のオートバイが見えた。
一瞬、20年前の事故のことが頭をよぎる。

ワンテンポ、ブレーキが遅れたことで私は止まりきれず、
息子の横をすり抜け前に出て、止まる。

息子は何とか立て直し、路肩にオートバイを止めた。

Uターンし、息子と向かい合わせに相棒を止め、声をかける。

「どうした・・・?大丈夫か?」

「いや、コーナーを抜けたら、いきなりこの景色が目に入って・・・」

私たちは、道路を横切り、ガードレールに腰をかけた。
懐から出したマルボロに火をつける。
隣の息子に「どうだ?」と差し出すと
「え?いや・・・」と驚いている。
「遠慮するな。お前の机に入っていたやつだ」
さらに驚き、頭をかきながら一本咥えて火をつける。

ゆっくりと漂う煙を目で追う。
煙の向こうの、空が、海が、木の葉が・・・
すべてが陽光に満たされ、輝いている。

じっと見つめていた視界がピンボケ写真のように輪郭を失っていく。

やっと帰って来られたのだ。
オートバイ乗りだけが出会える
『風と陽光(ひかり)のエリア』に・・・

息子に気づかれないように涙を拭い、ブーツの踵で火を消し、
吸殻をポケットにしまう。

息子を振り返り
「そろそろ帰るか?」と声をかける。
「うん、おかあさん心配してるね」
「帰ったら、大目玉だな」
二人で大声で笑った。

道を横切りながら、相棒に目を向けたちょうどそのとき・・・
相棒のライトがこっちを向いた。
まるで自分の意思で向いたように・・・
それは、ミラーにかけたヘルメットの重さのせいだったのかもしれない。
だが、そのとき、私には聞こえたのだ・・・
確かに聞こえたのだ・・・相棒の声が・・・

「おかえり・・・」と・・・

                                                    fin

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月15日 (火)

風と陽光(ひかり)のエリア~10~

10

日曜の朝、いつもより早く目が覚めた。
いや、実は昨夜は、遠足前夜の子供のように寝付けなかったのだから
正確には、我慢しきれずに、ベットから抜け出したといったところだ。

妻と息子を起こさないようにと階段を下りたが、
息子はリビングのソファーでテレビを見ていた。

「早いな」
後ろから声をかけると、驚いて振り返り
「眠れなくて・・・」
息子も同じだったようだ。

しばらくすると、妻が降りてきて
「あら、お寝坊さんたちが、どうしたの?」
と二人をからかった。

それから、朝食をすまし、時計に目をやると・・・
「あなた、そんなに待ちきれないなら、歩いて取りに行ったら・・・
 川沿いを歩いたら、ちょうどの時間になるだろうし、気持ちいいわよ」
と、エプロンで手を拭きながら言った。
「それに、そのお腹をどうにかしてもらわないと・・・」
私は、自分の腹をじっと見た。
息子が大声で笑い出した。つられて、妻も、私も笑い出した。
何かが変わっていた。いい方向に・・・

身支度をして、玄関を出ると、妻が、追いかけてきて、
私と息子それぞれに紙袋を渡した。
「そんな普段着でオートバイに乗る気?」
紙袋の中には、真新しいライディングジャケットとブローブが入っていた。
「何かあったら、私が何とかします。でも、何も起こらないように
 最大限の努力はしてもらいます」
妻は、そう言い、胸を張った。
私は真新しいジャケットに袖を通して、チャックを上げた。
「少し腹がきついな・・・」
「だから、そのお腹を何とかしてっていったでしょ」

また、三人が笑い出した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月14日 (月)

風と陽光(ひかり)のエリア~9~

暗いショーウィンドウの中に数台のスーパースポーツが
スポットに照らし出されて、浮かび上がる。

その走るためにシェイプアップされた姿が
今の自分のようで、ため息が出た。

先日、契約を済ませ、店を出る私をおやじさんが手招きした。
「今日、車だろ?『一杯やってけ』とは言えんから、
 近いうち、仕事の帰りでもに寄れや」

それで、担当していたプロジェクトが一段落した後、
部下たちの誘いを断り、おやじさんのショップに寄ったわけだ。

ショップの脇のインターホンを押すと
「おぉ、来たか。すまんが奥のちっこい方のガレージに来てくれ。
 俺専用の作業場だ。」

ガレージのドアを開けると中は真っ暗だった。
窓から入る街灯の明かりで、作業台に一台のオートバイが乗っているのがわかる。
近づくと、突然、灯が点いた。
その眩しさに一瞬、目がくらむ・・・

徐々に明るさに慣れて行く目の前に、ゆっくりとあの日の光景が浮かび上がる。
作業台の上に直列4気筒、赤と白にペイントされたタンクに翼のエンブレム・・・
あの日・・・卒業式の後ショップで見たCB400SF

見入っている私に
「どうだ?懐かしいだろう?」
と、おやじさんが声をかける。
「はい。これ、私が乗っていたのと同じぐらいの年式ですよね?
 こんな古いの、まだ乗っている人いるんですか?
 というか、まだ走れるんですか?」

「走れるさ。俺が面倒見てんだ。造りは古いが状態は新車と変わらん・・・
 ただな、こいつは本当の意味で何年も走ってないんだ。」

「本当の意味で・・・?」

「あぁ、こいつは相棒を待っているんだ。
 自分と一緒に走ってくれる相棒を・・・」

そう言いながら、シートカウル下あたりを指差す。

訝りながら近づき、目を凝らすと
そこに小さな傷があった。

「おやじさん、これ・・・?」

「あぁ、そうだ。お前が乗ってたやつだ。
 事故の後、しばらくしてスクラップにされかかってたのを
 引き上げてきた・・・」

「お、おやじさん・・・」
驚きのあまり、それ以上声が出ない。

「乗ってやってくれんか?
 ずっと待っていたんだ。
 お前がまた一緒に走ってくれるのを・・・」

私は溢れる涙を隠すことも忘れて、何度も何度も頷いていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月13日 (日)

風と陽光(ひかり)のエリア~8~

「早く、来てくださいよ」
「今更、俺なんかに客って誰だよ・・・」
奥から、先ほどの息子さんと
少し歳はとっているが間違いなく親父さんの声が近づいてくる。

どんな顔でどんな挨拶を交わせばいいか、
私にはわからないでいた。

店に確かに20年の歳月を顔に刻んだ親父さんが現れた。

とっさに、私は「ご無沙汰しております」と声をかけた。

親父さんは、私を見て、記憶を猛スピードで手繰り寄せ、
そして、記憶の中の私を見つけたようだ。

「おまえ、生きていたのか・・・?」
まさに、「幽霊でも見たような顔」で、そう言った。

「え?」

親父さんはもう一度・・・
「おまえ、生きていたのか・・・?」

思わず、私は
「足は、ついてますけど・・・」と言っていた。

親父さんは合点がいかない、という顔で
「生きていたなら、何で今まで・・・」

私は、壁にかかった20年前の写真を見ながら言葉を捜した。

「で、何で今まで連絡をよこさなかった?」
店舗の裏の自宅のテラスで、親父さんは椅子に座るなり切り出した。

『何故、連絡をしなかったんだろ?』
私が考えあぐねていると親父さんが続けた。

「あれは、お前が旅に出た年の冬だったか、
 北海道から『お前が事故ったらしいが詳細がわからない』と連絡が入ってな」

『冬か、事故から3ヶ月は経ってるな』

親父さんはコーヒーを一口飲むと続けた

「履歴書を頼りに家を訪ねたんだが、引っ越したあとでな・・・
 近所に訊いて回ったが、引越し先は誰も知らなかった。
 中には、家を出るとき、お母さんが白い箱を抱えてたなんて人もいてな」

それで、いきなり、「生きてたのか?」だったのか。

私は、事故のこと、引越しのこと、そして、その後のことを全て話した。
しかし、連絡をしなかった理由になって、言葉をつまらせた。

そこへ、息子が顔を出した。

「決まったかい?」親父さんが尋ねた。

「ハイ」息子が照れながら答えた。

「どんなオートバイにしたんだい?」

「目を三角にしないで、景色の移り変わりや空気の香りを感じられる・・・」

そこで、親父さんが笑い出した。
私も下を向いて、笑いをかみ殺す・・・

「いやいや、すまん。全く同じことをあんたの父さんが20年前に、俺に言ったのを
 思い出してしまったんだ。やっぱり、血は争えないな~~」

私は、声を出して笑いながら、うなずいた。
壁の写真の中の『19歳の私』も微笑んでいた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月12日 (土)

風と陽光(ひかり)のエリア~7~

いくつもの街を結んで走る幹線道路
片側二車線の道を、息子を助手席に乗せ、走っている。

次の角を曲がればあの・・・、ショップはなかった。
まぁ、想像はしていた。お世辞にも商売がうまい、親父さんではなかった。
まして、このご時世に、20年の歳月だ。
ショップがあった場所には、遠目にも総ガラス張りとわかる3階建てのビルが建っていた。

近づくにしたがって、私は「もしや・・・」と思い始めた。
手前のビルに隠れていた看板に大きくオートバイメーカーの名前が入っている。

少しの期待を胸にショップの前に車を止めて、中に入った。

中では、看板と同じロゴの入ったつなぎを着た若い人たちが忙しく動き回っている。
その後ろで、私より10歳ほど若い男性が指示を与えている。
こちらは、ネクタイ姿に同じロゴの入ったブルゾンを羽織っている。

私は男性に声をかけてみた。
「あの、こちらの社長さんは・・・?」
男性は訝りながら私を見て
「私ですが・・・?」
やはり、親父さんのショップではなかった。

私は、息子を指差して
「こいつが、オートバイが欲しいというんですが・・・」
「わかりました。お~い」
男性は、近くのつなぎ姿の店員さんを呼びつけて
「お客さんの相談に乗ってあげて・・・」と言った。
「お父さんは、あちらでコーヒーでも飲まれませんか?」

私は、促されるままにテーブルに着いた。

男性が、コーヒーを私の前に置きながら、
「失礼ですが、あの写真の方ではありませんか?」
彼が指差した壁に、息子が私に見せたものと同じ写真が飾ってあった。

「え?」
「そうですよね。父からいつも聞かされてました。『夢だけ追いかけて後先考えずに旅に出たバカ』だと・・・あ、父が言ったんですよ」
「じゃあ、あなたは・・・?」
「息子です。」
「でも、ショップの名前が・・・、それに系列店ではなかった・・・?」
「えぇ、あのころはそうですね。でも、このご時世です。大きな看板がないと、商売はなかなか・・・、親父は最後までいやだったようですが・・・」
「そうですか、で、親父さんはいつ・・・」
「いつ?・・・あ、ピンピンしてますよ。滅多に店には出てきませんが、裏の自宅で悠々自適な隠居生活をしてます。」
とんでもない勘違いをしたようだ。
「呼んできましょう。きっと、驚きますよ」
そう言うと彼は、奥にかけていった。
私は、「『バカ』か、確かにな・・・」と思いながら、写真の中の20年前の自分をまぶしく見つめていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月11日 (金)

風と陽光(ひかり)のエリア~6~

6、

食卓につくと、妻が
「お疲れ様」と声をかけてきた。
私のコップにビールを注ぎながら、
「どうでした?」と尋ねる。
「あぁ・・・」
妻の顔をまともに見られない。
「話は、できたんでしょう?」
「あぁ・・・」

突然、妻が席を立って、台所に向かった。
怒らせてしまった。とは思うが、うまい言葉が見つからない。

「あのな・・・」
「で、結局『ミイラ取りがミイラ』ですか?」
背中を向けたまま、妻が言った。
「えっ・・・?」
「また、オートバイに乗るんですか?」
「また、って、おまえ・・・?」
妻と知り合ったのは、今の会社に入社してからだ。
オートバイ関係のものは引越しのときにすべて処分されていた。
私たちの間でオートバイが話題に上ったことなど、今の今までないはずだが・・・
「知ってますよ。学生時代に乗っていたことも、大きな事故をしたことも・・・
 結婚してすぐに、お母さんから聞きました。」
「お袋から・・・?」
「お母さん、言ってましたよ。
 あの子があんなに好きだったオートバイをずっと忘れていられるわけがない。
 いつか、きっと、また、乗りたいと言い出すに決まっている。
 だから、そのときは、「反対」するか、「賛成」するか、あなたが決めなさい。って」
「お袋がそんなことを・・・、で、乗ると言ったら、反対するのか?」
「反対しよう、と思ってました。ずっと・・・」
「ずっと・・・?」
「えぇ、ずっと・・・、あなたがオートバイを悲しそうな、懐かしそうな目で見ているのを
 いつ、『オートバイに乗りたい』と言い出すか、ビクビクしながら・・・
 でもね。今は・・・、あの写真を見てからは・・・、それもいいかなって
 あの写真のあなたのあんな顔、見たことなかったから・・・」
妻もあの写真を見たんだ。すると・・・
「おまえ、こうなることがわかっていたのか?」
「えぇ、たぶん乗りたいというだろうと思ってました。」
「いいのか?また、事故でも起こしたら・・・」
「いいじゃないですか、事故を起こしたり、死んでしまったら、困りますけど・・・
 会社に入って20年、一緒になって18年、あの子が生まれて17年、
 あなたは一生懸命働いて、一生懸命私たちを守ってくれました。
 もし、あなたに何かあったら、そのときは・・・
 今度は、私たちがあなたを守ります。」
「おまえ・・・、ありがとう」
「ただし、ひとつだけお願いがあります。」
「え?」
「私のヘルメットは、あなたとおそろいの赤にしてください。」

「・・・了解」
妻は、小さく舌を出して、肩をすくめた。
久しぶりに見る、私が一番好きな、彼女の仕草だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月10日 (木)

風と陽光(ひかり)のエリア~5~

闇の中でいくつもの赤い点が尾を引きながら揺れている。
やがて、一点に集まり、白い光となって、闇を支配していく。

闇が完全に白い世界に変わると、
やはり、そこには母の泣き顔があった。

私が目を覚ましたのは、事故から三日後、病院のベットの上だった。

母は、包帯を巻いた私の手を握り締めて、ただ、泣いていた。
父は、私と目が合うと、
「二度とかあさんを泣かせるな」と言って、病室を出て行った。
後から聞いた話だが、あの仕事人間の父が、私の事故の一報を
聞くなり、すべての仕事を投げ出し、北海道へ飛んできて
三日三晩、病室に泊まり込んで付き添ってくれたそうだ。

こうして、私の一年間の予定だった「旅」は幕を閉じた。

それから、半年、苦しいリハビリが続いた。
右上腕筋断絶、左足首単純骨折、
一番ひどかったには、アスファルトに叩きつけられたときの
腰骨の圧迫骨折だった。

父は、事故の時の無断欠勤がひびいて、本社から支社に転勤になり
実家も引っ越した。
私は、翌年の4月に復学した。

私は、CBがどうなったのか、そのとき、聞くことも出来ず、
二度と親父さんのショップに顔を出すこともなかった。

「・・・で、なんでオートバイに乗りたいんだ?」
「それは・・・」
息子は、延々と『なぜ、オートバイに乗りたいか』を話し続けた。
そんなこと、聞くまでもなかった。
オートバイの魅力はよくわかっている。そして、怖さも・・・

最後まで聞き終えると、私は無言で部屋を出ようとした。
私は、息子を止める言葉を持ち合わせていなかった。
「おとうさん・・・?」
「今度の休みに付き合え」
「えっ?」
「次の休みに俺に付き合えと言っているんだ」
「おとうさん?」
「どうした?いやか?」
「いや、お父さんが『俺』って言うのはじめて聞いた。」
「そうか・・・」
私は、自分でも驚きながら扉を閉めた。

私の中で、何かが動き始めた。
静かに、そして、急速に・・・
あの映画を見たときのように・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 9日 (水)

風と陽光(ひかり)のエリア~4~

函館から苫小牧へ。
海に沿ってR5を走る。
ショップの親父さんがくれた餞別の封筒に手紙が入っていた。
「俺の舎弟が苫小牧でショップをやっている。
 メンテナンスを頼んであるから、北海道に上陸したら
 必ず、真っ先に寄れ」
地図に書かれたショップに着くと、親父さんの舎弟という人は親切に対応してくれた。
そして、親父さんの伝言を私に伝えた。
「実家に電話しろ!それでここのメンテ代はチャラだ。」
ショップの人が笑いながら受話器を差し出す。

私は実家のダイヤルを回した。
何度目かの呼び出し音の後、母が出た。
「僕だけど・・・」
受話器からの声が突然、涙声に変わる。
母の問いかけに「あぁ」としか答えられない。
そして、最後に「3月には帰る。」とだけ告げ、受話器を置いた。

ショップを出ると、ただ、がむしゃらに走った。
走ることで母の声を振り払いたかった。
そうしなければ、次に進めない気がしたから・・・

気がつくとあたりは夕闇に包まれ、道は峠道に差し掛かっていた。

道沿いに現れた朽ち欠けたドライブインに乗り入れ、エンジンを切った。
虫の声がエンジン音にとって変わり、闇がすぐ近くに感じられた。
母や父の顔、親父さんや友達の顔が闇に浮かぶ、
頭の中で何かが動き回り、それが何かわからないまま時間が過ぎた。

オートバイにまたがったままの足がシリンダーカバーに触れる。
すっかり冷たくなっていた。
私は苦笑いとともにエンジンに火を入れた。
CBが「無理をするな。」とつぶやく。
「大丈夫だ!楽しい峠越えにしよう」
ギヤをローに入れた。

苦しい峠越えになった。

街灯が一本もない上に、コーナーがきつい。
トンネルで加速すると出口がコーナーだったりする。
上るにつれて、霧まで出てきた。

私は頼りになる道案内を探した。
しばらくすると、同じリズムのトラックを見つけた。
一定の距離をとって、後ろについていく。

今までの緊張から解かれたせいか、突然、母の顔が闇に浮かぶ。
と、同時に、今まで見えていたテールランプが消えた。

私は離されたと思いアクセルを開けた。
すると、いきなりトラックのリアパネルが視界いっぱいに広がった。

フルブレーキング。リアが滑り出す。
カウンターをあて、必死でバランスを取る。
突然、リアがグリップを取り戻し、勢いよくオートバイが起き上がる。

ハイサイド!!!

腕の筋肉の千切れる音と共にハンドルから手が離れ、体が投げ出された。
アスファルトに背中から落ち、息が出来ない。
視界が徐々に闇に閉ざされていく。

最後に母の泣き顔を見た気がした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 8日 (火)

風と陽光(ひかり)のエリア~3~

有明埠頭 午後6時30分発高知行きフェリー「さんふらわ~」

入学式の夜、私は、フェリーの甲板にいた。
車層には、旅装備を整えたCBがロープで固定されている。

学生課に「休学届け」を提出すると、バイト先だったオートバイショップに行き、
預けておいた荷物とCBを受け取った。
「親父さん、お世話になりました。」
「これから、発つのか?」
「はい、明日の朝にはばれますから・・・」
「親御さんには、言ってないんだよな?」
「はい、無駄にしてしまう一年分の授業料と手紙だけ置いてきました。」
「そうか。いいか、人だぞ、人。人に会うんだ。景色を見るだけなら
 写真だって、テレビだっていいんだ。人に会うことで旅の価値が決まるんだ」
「はい。じゃ、行ってきます。」
「おう、一年後、旅の話、聞かせろよ。楽しみにしてるぞ。」

まず、父と母の生まれ故郷であり、あの「坂本竜馬」の生まれた高知に向かった。
旅の始まりは、自分のルーツであるところから始めたかったのと
竜馬の銅像に、旅立ちの報告をしたかったからだ

高知に上陸すると真っ先に桂浜に行き、
人がいなくなるのを待った。
竜馬の銅像の前に座り、同じ海を見ながらつぶやいた。
「竜馬さん、僕は間違っているのでしょうか?」

「まちご~ちゃ~せん。まちご~ちゃ~せんぜ!!
 人っちゅうもんは、本なぞ広げて、言葉探すがより
 旅に身を置くん方がふと~なるもんじゃき」

そのとき、確かに竜馬の声を聞いたのを覚えている。

そのから、九州に渡り、その後、日本海に沿って北上。
その間にいろんな人に出会った。
ワタリ稼業のお兄さん、
アル中を克服するために徒歩で旅をしているおじさん
雨宿りに軒を借りた家のおばちゃんは、
たくあんとおにぎりを出してくれた。

本州が梅雨入りするころ、
私は函館のフェリーポートに降り立った。

そう、夢に見た北海道。そして、運命の地に・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 7日 (月)

風と陽光(ひかり)のエリア~2~

厳格な父だった。優しくおとなしい母だった。
何不自由のない家庭で親に逆らうこともなく、
言われるままの進路を進み、「進学校」と呼ばれる高校に入った。

このまま大学に進み、父のように安定した職に就くことに
何の疑問もなかった。

17の夏までは・・・

予備校の帰り、友達に誘われ、見に行った映画の中の
草原を渡る風と、波を照らす陽光(ひかり)・・・、
そして、なにより主人公が駆るオートバイに私は惹かれしまった。

もっと、いろいろなものが見たくなり、
それには、あのタイヤが二つしかない不安定な「オートバイ」という
乗り物が必要不可欠に思えた。

そして、夏休みが終わるころ、両親に自分の気持ちを打ち明けた。

二人とも許してくれるはずはなかった。
まだ、オートバイ=暴走族という見方が一般的なころだ。
父は激怒し、母は泣いていた。

私は、なぜ、オートバイに乗りたいかを必死で話した。

ついに、父が半分突き放す感じで折れた。ただし、条件付で・・・
高校の成績を下げないこと。
父の決めた大学に現役合格すること。
オートバイに関するお金は一切援助しない。

それから、学校と予備校以外の時間を
すべてアルバイトに費やした。
家に帰ると深夜まで机に向かった
ある計画を胸に秘めて・・・

その甲斐があって、3年の10月には、
父の言う大学に推薦で入学が決まった。

そして、計画の準備をはじめた。

近くの教習所に入学手続きを済ませ、
時間の許す限り通った。
それと同時にアルバイトを隣町のオートバイショップに変えた。
計画のために短期間でオートバイの知識をできるだけ
溜め込みたかった。

アルバイト先でオートバイのカタログをもらい、
夜遅くまで、時間の経つのも忘れて眺めていた。

周りの友達が受験体制に入るのを尻目に
アルバイトと教習所通いに励んだ。

学校、教習所、アルバイト、
そして、オートバイのカタログ
眠りにつけば、夢でオートバイ雑誌に
出てくる景色の中を旅した。

そして、何度目かの旅が終わった時、
春が訪れ、高校を卒業した。

卒業式を終え、アルバイト先に顔を出すと、
発売間もない、ホンダCB400SFが整備台の
上に乗っていた。
それは、夢の中で私と旅をしたオートバイそのものだった。
吸い付けられるように近づくと
整備台の傍らにしゃがんでいた親父さんが
「いいオートバイだろ?」
「はい」
「卒業式は終わったのか?」
「はい」
私は、目の前のオートバイに夢中だった。
「知り合いの店で試乗用に使ってたオートバイだが
 三か月分のバイト代でいいぞ」
「はい・・・え?」
「三か月分のバイト代と引き換えに、このオートバイは お前のものだと言ってるんだ」
「本当ですか!?」
「あぁ、新車をプレゼントとはいかんが俺からの卒業祝いだ!
 メットも同じカラーリングのものが今日届く、名義も変更したから
 今日からでも乗れるぞ」
「あ、ありがとうございます。」
「それから、今日でクビな」
「え!?」
「入学式まで時間がないだろ、少しでも長く乗ってオートバイに慣れろ」
「はい、ありがとうございます。」

それから、毎日、CBで近くの山や海に出かけた。

そして、3週間が過ぎ、入学式を迎えた。

私は、入学式が終わるとサークルの勧誘でごった返すキャンパスを抜け
「学生課」に向かった。
胸に秘めていた計画を実行に移すために・・・

| | コメント (1) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧