風と陽光(ひかり)のエリア~最終回~
最終回
ショーウィンドウが青い空を映している。
ショップのシャッターがゆっくり上がり、若いメカニックが顔を出す。
「あの・・・」
声をかけた私に少し驚きながら、
「あ、ちょっと待っててください。」
若いメカニックは奥に消え、しばらくすると、親父さんと社長が顔を出した。
「やけに早いな・・・」
「えぇ、少しでも早く受け取りたくて・・・」
親父さんの前だといつまで経っても10代のままだ。
「20年分、とりかえさんとな。準備は出来てる。とっとと持ってけ・・・」
「すいません」
深々と頭を下げる私の肩に優しく手を置き、
「いいか、うまいオートバイ乗りってやつは、
帰るべき時に、帰るべき場所に帰ってくるやつだ。
二度と間違ったところに帰るんじゃないぞ」
息子は、隣で笑いを堪えている。
いつも説教をしている私が、説教されているのがおかしいのだろう。
オートバイを受け取り、エンジンに火を入れる。
20年ぶりに跨った相棒は小さく身震いしながら
心地よい音をマフラーから響かせている。
クラッチを慎重につなぎ、車の流れに滑り込んだ。
近くのスタンドで給油をし終えた息子が空を見上げ
「いい天気だな」とつぶやいた。
「少し付き合うか・・・?」
一時間後、私たちは海沿いの国道を走っていた。
コーナーをひとつクリアするごとに
体の奥に押し込んでいた感覚が目を覚ましだす。
目がラインを捉え、頭が考える前に、
右手がアクセル、左手がクラッチ、右足がブレーキ、左足がチェンジペダル
それぞれが考え、動き、ラインをトレースする。
息子が私を抜いて前に出た。
ぎこちないながらもコーナーを一つ一つ丁寧にクリアしていく。
いくつ目かのブラインドコーナーの向こうに息子が消えた。
コーナーに入った時、リアをスライドさせた息子のオートバイが見えた。
一瞬、20年前の事故のことが頭をよぎる。
ワンテンポ、ブレーキが遅れたことで私は止まりきれず、
息子の横をすり抜け前に出て、止まる。
息子は何とか立て直し、路肩にオートバイを止めた。
Uターンし、息子と向かい合わせに相棒を止め、声をかける。
「どうした・・・?大丈夫か?」
「いや、コーナーを抜けたら、いきなりこの景色が目に入って・・・」
私たちは、道路を横切り、ガードレールに腰をかけた。
懐から出したマルボロに火をつける。
隣の息子に「どうだ?」と差し出すと
「え?いや・・・」と驚いている。
「遠慮するな。お前の机に入っていたやつだ」
さらに驚き、頭をかきながら一本咥えて火をつける。
ゆっくりと漂う煙を目で追う。
煙の向こうの、空が、海が、木の葉が・・・
すべてが陽光に満たされ、輝いている。
じっと見つめていた視界がピンボケ写真のように輪郭を失っていく。
やっと帰って来られたのだ。
オートバイ乗りだけが出会える
『風と陽光(ひかり)のエリア』に・・・
息子に気づかれないように涙を拭い、ブーツの踵で火を消し、
吸殻をポケットにしまう。
息子を振り返り
「そろそろ帰るか?」と声をかける。
「うん、おかあさん心配してるね」
「帰ったら、大目玉だな」
二人で大声で笑った。
道を横切りながら、相棒に目を向けたちょうどそのとき・・・
相棒のライトがこっちを向いた。
まるで自分の意思で向いたように・・・
それは、ミラーにかけたヘルメットの重さのせいだったのかもしれない。
だが、そのとき、私には聞こえたのだ・・・
確かに聞こえたのだ・・・相棒の声が・・・
「おかえり・・・」と・・・
fin
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